海蔵寺紹介
このページでは海蔵寺について、境内施設や備品、お寺の歴史についても掲載しております。
備品について
海蔵寺には、ご供養の際にお使いいただける備品があります。聞き慣れない名前のものもあると思いますので、ご紹介いたします。
花瓶
様々なサイズがありますので、供養の際はご自由にお使いください。
お寺の花瓶にはすべて、「海蔵寺」と書かれたシールが貼ってあります。
※位牌堂内などに個人の花瓶をお持ちの方にも、最近は海蔵寺の花瓶の使用をお勧めしております。お盆など多くの方が訪れる期間に個人の花瓶でお花を供えて帰られた場合、お寺の者による片付けの際に間違いが生じ、個人の花瓶が行方不明になるケースが頻発しております。
六角(ろっかく)
果物などを載せるのに適した、立体的な形が特徴の入れ物です。写真のように三角に折った半紙を敷いて、その上に供物を入れて使います。
三角に折った紙の尖った方が、お供えしたときに手前側(仏さまと反対側)に来るようにします。
平皿
供物入れにお使いいただける入れ物です。写真のように半紙を敷いて、その上に供物を載せて使います。
使う際は、木の木目が横向きになるように置きます。
高盃(たかつき)
供物を入れる器です。下に敷く半紙の折り方は写真のように、六角と同じです。
三宝(さんぼう)
供物を入れる器です。三宝は大きさがあるので、海蔵寺ではご本尊さまの前でのお勤め、つまり供養では忌明け法要の時のみ使っております。供物を載せるときは、➀まず半紙を縦に置いて前に垂らし(半分くらい垂らします)、➁その上に横向きに置きます。その上に供物を載せます。
貸出用祭壇
お寺でのお葬式の際は、こちらの祭壇を使って行います。使用料二万円を頂いております。人が亡くなった時にお寺にご連絡を頂ければ、葬儀会場として使用して頂く事ができます。
葬儀の際には隣の座敷を控室としてご利用頂く事ができますが、別途として座敷料がかかります。料金は状況により変動しますのでお問い合わせください。先約が入ることは滅多にございませんので、ご葬儀場の連絡の時に仰っていただければ対応が可能です。
境内施設の紹介
行く場所がわからない時のご参考にどうぞ。広い境内を探検してみると、新たな発見に出会えるかも?
海蔵寺ご本尊
海蔵寺のご本尊であるお釈迦さまです。
曹洞宗の本来のご本尊様はお釈迦さまと両祖さま(道元禅師、瑩山禅師)の、三尊仏ですが、曹洞宗寺院の中には元々の形として、三尊仏をお祀りする仏殿という建物があり、お寺のご本尊には観音さまや他の仏様をお祀りしている寺院も多く存在します。
また、ご本尊様の両脇をよく見てみると、さらに二人の仏様がいらっしゃることが分かります。左に、インドから中国に初めて「禅」を伝えた禅宗の開祖、達磨大師の像、そして右には、もとは中国の天台山の護法神であり、後に曹洞宗での土地や伽藍の守護神となった大権修利菩薩(だいげんしゅりぼさつ)が祀られています。
実はこの仏様方にも、本来の曹洞宗寺院では専用のお堂があり、「土地堂(どじどう)」と呼ばれます。
行雲流水の会 位牌堂
海蔵寺のお檀家さんで身寄りがない方が入る、行雲流水の会の位牌堂です。休憩所の目前に面しております。
手を合わせるご遺族さまがいらっしゃる限り、行雲流水の会へのご入会は基本的にお断りさせて頂いておりますが、入会が必要になった場合は、事務室までお越しいただくか、お電話にてご相談ください。一連の手順についてご説明いたします。
お地蔵さま
休憩所の目の前にいらっしゃる、お地蔵様です。あらゆるものが輪廻転生する六道において、六つの姿をもって人々を導く菩薩様です。昔から日本では篤く信仰され、地方によって「道祖神」や「子安地蔵」のように多くの姿を持つようになりました。
羅漢堂(らかんどう)
位牌堂の奥に羅漢様をお祀りしているため、ここを羅漢堂と呼びます。羅漢さまとは、お釈迦さまの元で修行をしていた修行僧の中で、最も修行を完成に近づけた者たちです。16人いる羅漢さまを十六羅漢と呼んだり、その十六羅漢の弟子たちも含めて五百羅漢という形でまつられたりします。
その多くは神通力を持っているとされ、自らの像を撫でる者にご利益を与えたり、妙薬を作るのが得意だったりと、それぞれの特徴がそのエピソードとともに語り伝えられています。実は各々の名前がありますが、インドの言葉であるため、とても難解な名前となっています。
全昌堂(祖堂)
開山堂
海蔵寺一階に三本ある位牌堂の、真ん中の列を開山堂と呼んでいます。一番奥には、海蔵寺の御開山をはじめ、歴代の海蔵寺の住職のお位牌が並び、正式にはここを「開山堂」と呼びます。
韋駄天さま
座敷の前の廊下に祀られています。韋駄天さまは「足の速い仏さま」として知られるほかに、四天王の「多聞天」、そして、「修行僧と伽藍(がらん)の守り神」という顔も持ち合わせています。
韋駄天さまはもともとヒンドゥー教の軍神「スカンダ」がモチーフとなっており、ヒンドゥー教の最高神であるインドラと力比べをするほど強力な神でした。仏教に取り入れられる過程でスカンダの名が漢字の「私建陀天」となり、この「建陀天」の部分が変遷し「韋駄天」となったといわれています。
寺務室
海蔵寺の事務を総じて行う場所です。お勤めの受付や檀家さんからのご相談などはこちらで承っております。住職などに御用があっていらした方は、こちらへお越しください。
※時間や日によっては、寺務室に人がいない場合があります。住居のほうにお声をかけて頂ければ対応が可能な場合もありますが、大切な用事でお越しになる場合は必ず事前にご連絡をお願いしております。
葬儀貸出用祭壇
海蔵寺にてご葬儀を行う場合は、こちらの祭壇がご利用いただけます。
ご本尊さまの右隣の一間にございますので、ご自由にご覧ください。
祭壇の使用料などは「備品について - 貸出用祭壇」をご覧ください。
休憩所
1階水場
仏像の合祀所
仏壇の魂抜きなどで、もともとご本尊だった仏様をお寺で引き取り、こちらでお祀りしております。お寺の中で最も多くの仏さまがいる場所で、如来さまや観音さま、お不動さまなど、様々な仏様がお揃いです。
仏像は、後ろの装飾(光背)や持ち物、乗り物、装束や台座などでどの仏様なのかを判別することができます。多くの仏さまが立ち並ぶ様子は見ごたえもあるので、皆さんもお越しの際は、ぜひ拝みにいらしてください。
開基さま
二階の右奥の間に特別に一間を設け、海蔵寺の「開基さま」をお祀りしています。お寺を開いた、またはお寺を開く際に大きな手助けをした人を開基さまと呼びます。海蔵寺は1492年に大浦氏の第一代、光信公によって開かれ、その養子の盛信公が、奥方と共に海蔵寺に葬られ、開基さまとなりました。
祀られた位牌には盛信公の戒名が「當寺開基 大浦院殿 前信州 領山源統公大居士 神儀」と記されています。
海蔵寺歴史紹介
実は400年前から点々と各所を移ってきた海蔵寺。歴史をざっくりと紐解きます。
種差にある海蔵寺史跡。檀家さんの宅地にあり、ご好意から無償で清掃などをして頂けている。
海蔵寺の起源は明応元年(1492年)、津軽氏の祖である大浦氏の祖、大浦光信公が、鯵ヶ沢市の種里に寺院を建てたことに始まる。津軽における最初の曹洞宗寺院であったと言われる。津軽氏の祖である津軽為信は、大浦光信から数えて五代目に当たる。1492年はちょうど、光信公の父である元信公の7回忌、祖父である威信公の50回忌にあたっていたことから、光信公は海蔵寺を建立し、完成した1492年の4月28日に、海蔵寺にて大法要を修したと言われている。
完成から住職が数代続いたのち、石見の国の花谷より、江山智永(えさんちえい)禅師が迎えられる。彼は師匠の菊仙寿和尚(きくせん じゅおしょう)について禅を極めた人であった。反対にこれまでの海蔵寺の住職は正式な修行もなく、正しい禅は伝えられていなかったため、江山禅師はそれまでの住職の籍を除き、自らを海蔵寺の開山としたのであった。
岩木町五代にある海蔵寺史跡。こちらも個人の敷地内にあり、種差の史跡と同じくご好意から無償で清掃などをして頂けている。
海蔵寺の創建から11年後の1503年、光信公は新たに菩提寺として長勝寺を建立した。その開山として江山禅師が招かれたが、禅師は辞退し、代わりに自らの師である菊仙寿和尚を推薦してご就任頂いた歴史がある。以上より、長勝寺は海蔵寺の本寺であるといえる。
金沢山全昌寺は、もともと浪岡付近に存在したと伝えられるお寺で、海蔵寺に合併された。その経緯で、海蔵寺には全昌寺の住持の位牌が祀られ、全昌堂と呼ばれる。開創および開基については不詳とされている。
(「本寺」にたいして「末寺」というお寺がある。末寺の住職の師匠が開山となる事で本寺となったり、また本寺の住職が退いた後にお寺を開いてそれが末寺となったり、成立には他にも色々な場合があり、時代によって言葉自体の意味も異なってくる。)
現在の海蔵寺の山門・堂宇のほとんどは、嘉永2年(1849年)に中興(ちゅうこう)二七世・喚山璞応(かんざんぼくおう)禅師によって為された大改修・再建によるものである。(中興とは、お寺の改修などでお寺に大きく貢献した住職を指す。)禅師はその後、津軽一円の各寺の住職を務め、大喚山法系と呼ばれる多くの弟子を残した。
山門前の薬師堂(通称は「たこ薬師さま」)は喚山禅師の時代である天保7(1836)年の建立である。
以後、21歳の若さで海蔵寺32世となった自照魯珠禅師(じしょうろしゅぜんじ)の代に、以下に示す盛んな改修が行われている。
大正7(1918)年、檀信徒から3千円の寄付を得て開山堂を増築(新築)
大正10(1921)年、同じく4千数百円をもって本堂、屋根回り、土台その他の大修理
昭和2(1927)年、2千数百円をもって土蔵及び庫裏の一部を改築
昭和13(1938)年、工費約1万円をもって位牌堂を改築
※「海蔵寺歴史紹介」の内容は、小冊子「大浦山海蔵寺」(1992年、発行・海蔵寺、印刷・株式会社 笹 軽印刷)に基づいて執筆いたしました。海蔵寺1階休憩所にて無料でお持ちいただけます。
おすすめリンク
曹洞宗 曹洞禅ネット SOTOZEN-NET 公式ページ:曹洞宗の公式ウェブサイトです。- 【公式サイト】大本山永平寺ホームページ
曹洞宗大本山永平寺:曹洞宗の二大本山の一つです。
曹洞宗大本山總持寺:曹洞宗の二大本山の一つです。- 大梅拈華山 圓通 正法寺
海蔵寺徒弟の花田滉基が修行させて頂いた道場です。